2015年4月6日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・89



 ◇「何でもやります」そんな覚悟で◇

 「夜が明けぬ暗いうちに工事事務所の鍵を一人で開け、一緒に調査に出掛ける調査会社の人たちを待っていると、私は何でこんな時間に、こんなことをしているのだろうと、悩みました」
 その日の午前中に発注者の担当者が急きょ現場に来るという連絡があったのは前日のこと。夜遅くまで説明資料作りを行い、翌日、日の出とともに必要な調査データを集める予定だった。ただ、疲れはピークに達し、頭の中に浮かぶのは「世の中にはもっと楽な仕事があるんだろうな…」と。

 小松香さん(仮名)は現場に出ていたころのことを今でも思い出す。ものづくりがしたくて建設会社に入社。女性技術者として十数年、建設現場を担当した。今は子どもにも恵まれ、内勤になったが、建設現場で働いていたころは、現場のことしか頭になかった。
 「入社したころは、現場に女性技術者がほとんどいない時代でしたから、とにかく何でもやると、自分なりに覚悟を決めて現場に出させてもらいました」
 実際に現場に出てみると、資料作成や測量、現場管理などの業務だけでなく、弁当の手配や各種催し物の段取りなど、何でも担当させられた。女性技術者が物珍しいこともあって、周囲の人たちが自分にいろいろと気を使ってくれていることも分かった。
 「現場ですから、重いものを持ったり、踏み外すと危険な場所に行ったり、はしごを登ったりと、肉体的に厳しいこともありました。しかし、女性だから困るということはそれほどなかったと思います。最初から現場はこういうものだと思っていましたから」

 現場で10年程度経験を積み、30歳を過ぎて現場代理人になった。小さな現場だったが、組織のトップという重責がのしかかった。休日も現場のことばかり気になり、心が休まることはなかった。立場上、下請会社の担当者に指示を出すのだが、年配の男性社員が指示するのとは相手の受け取り方が違うのか、言い合いになることもあった。
 そんな時はいつも「最初は仕方がない」と自分に言い聞かせた。女性だからとは思いたくないが、相手も年下の女性から指示されるのは初めてのことだろう。きっと戸惑いもある。「この先、もしその人と再び一緒に仕事することになった時、以前はお世話になったねと会話ができれば、それでいい」。些細(ささい)なことにこだわっていては前には進めない。

 現場を離れて数年がたつが、現場代理人時代に一緒に仕事をした職人さんから時々「元気にやっているか。子どもは大きくなったか」と電話がかかってくる。あの時、無我夢中で仕事したことは決して無駄にはなっていない。
 子育て中で、現場復帰は「正直難しい」と思っている。若いころのように現場のことだけ考えていればよいとはいかないからだ。妻として、母として家庭内でやるべきことはたくさんある。今の内勤業務と家庭を両立させることも、周囲の人たちの支えがあってのこと。これ以上迷惑は掛けられない。ただ、入社時からの「何でもやります」という気持ちは、今も胸の内にしまっている。

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