2016年2月29日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・128

自治体の職員が自ら設計や施工を行うことも。技術力が求められる
 ◇生半可な仕事はしない。プライド胸に◇

 地方自治体の建築部門で課長を務める小林宏泰さん(仮名)は30年ほど前、中堅ゼネコンの社員から自治体の職員に転身した。ゼネコン時代に培った知識とノウハウを生かし、これまで数々の公共施設の整備を手掛けてきた。施設の改修工事では、自ら図面を引くこともある。仕事にはやりがいを感じているが、入庁後しばらくは「転職という決断は本当に正しかったのだろうか」と自問する日々が続いたという。

 大学を卒業して入ったゼネコンでは設計部に配属された。入社5年目、27歳の時に公務員試験を受験した。当時の公務員試験制度では制限年齢が27歳だったため、その年が最後のチャンスだった。早朝に出勤し、夜遅くに帰宅する生活の中で勉強時間の確保には苦労したものの、何とか合格することができた。時はバブル景気直前。ゼネコン業界にも勢いがあったが、「給料が安くても、時間に余裕がある方が魅力的」と公務員への転職を決意したという。

 自治体が事業主体となる学校や文化施設などの公共施設整備は、住民から感想がダイレクトに届く。前職では得難い経験だ。しかし入庁から2~3年は、「ゼネコンの方が専門的な仕事ができる。会社に残っていたら、技術屋としての醍醐味だいごみを味わえたのではないか」と迷う日々が続いた。

 時間に余裕があるという安易な理由で転職を決めたが、それが果たして正しい選択だったか-。自問しても答えは出ないまま。「4年目以降は受け持つ案件が増え、仕事に打ち込むことで迷いを振り払った」。

 ゼネコン時代の同僚との交流は今も続いている。定期的に酒を酌み交わし、互いの近況を語り合う仲だ。バブル期には元同僚たちの羽振りの良さをうらやむ気持ちもあったが、バブル崩壊後は「公務員は安定していていい」と、反対にうらやまれる立場に。「ゼネコンに残っても、公務員に転身しても、それぞれ一長一短。完璧な選択肢などなかったのだと悟った」。転職直後に悩まされていた問題の答えが、今になって見つかったような気がしている。

 今は、過去を振り返らず、前だけを見据えて仕事に取り組んでいる。管理職に就き、部下の育成にも力を入れる。「住民から集めた税金で建設事業を行うのだから失敗は許されない。常に最高の品質で建物を造る自信はあるか」と、自戒の念も込めて部下たちに呼び掛け続けている。

 時には各所管課にも厳しく対応する。所管課が提出してきた事業計画を見て「造る必要が本当にあるのか」と差し戻すこともある。住民のためには少しの妥協も許されないと思うからだ。「そうした思いを庁内で共有し、時には意見をぶつけ合いながら、地域住民にとって本当の意味で必要な施設を共に造り上げていく。そこに醍醐味を見いだした」。

 さまざまな経験をした今、過去の自分が下した「転職」という決断は正しかったと胸を張って言える。これからも地域住民に正面を向いて公共事業の説明ができるよう、「生半可な仕事はしない」と決めている。技術屋としてのプライドを胸に、一人でも多くの市民を支える施設づくりに汗をかき続けていく。

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