2016年4月11日月曜日

【中堅世代】それぞれの建設業・133

働く上ではさまざまな場面で選択を迫られる
 ◇すべての仕事が将来につながる◇

 住宅設備メーカーに務める桐谷努さん(仮名)は、今年で入社20年目。営業部、人事部、経営企画部と渡り歩き、5年前に広報部に配属された。メーカーの広報担当は、新製品のPRや、業績など企業の最新情報を社外に向けて発信する仕事。

 「最初は不安もあったが、営業部や人事部でも顧客や学生に自社の魅力を繰り返し訴えてきた。誰かに何かを伝えるという行為は広報にも深く通じる。それまで身に付けた知識やノウハウ、人脈が今の自分を支えている」

 仕事に誇りとやりがいを感じている桐谷さんだが、大学3年生の時に人生の大きな決断を迫られた。中学、高校、大学と野球漬けの日々を送ってきた。大学卒業後の進路を考えた時、社会人野球チームのある企業へ進むか、一般の企業に就職するかで悩んだのだ。

 野球ができるのはその先せいぜい10年。その後は普通の社員と変わらずに仕事をすることになる。野球をしている間に周りの社員との差がどんどん大きくなるのではと心配だった。

 どちらか決めかねている時に、ある強豪の社会人野球チームの練習に参加する機会があった。そこで一人のずば抜けた選手のプレーに圧倒された。その選手は後々、プロに転向し、4番を任されるスター選手として脚光を浴びた。

 「社会人野球から仮にプロに進めたとしても、活躍できるのはほんの一握り」。進路の悩みを相談した野球部の先輩にそう言われ、目が覚めた。野球は大学で卒業し、野球に負けないぐらい大きな仕事をしようと、一般企業への就職を決意した。

 就職活動では、体育会系出身ということもアドバンテージとなり、飲料メーカーや食品メーカーなど多くの企業から内定をもらった。

 ただ、学生時代に野球を離れたところで興味があったのはインテリア。好きなことを仕事にできるなら、野球と同じように打ち込めると考え、最終的に住宅設備メーカーを選んだという。

 最初に配属されたのは営業部だった。売り上げや規模の大きい仕事をしたいという気持ちが人一倍強く、2年後に念願の法人営業部へ異動し、大手ハウスメーカーを担当するようになった。

 ハウスメーカーの担当は、売り上げや販売数量の規模も大きいが、何かあった時のリスクも計り知れない。会社に損失を与えるほどのミスこそしなかったが、プレッシャーは数字に比例し、不安によるストレスで気が付くと心身ともに疲れ果てていた。

 「数字ばかりを追い掛けるのではなく、お客さまに感謝される仕事をしろ」。同じ部署の先輩から掛けられたその一言に救われた。

 人事部や経営企画部も経験したことで、社員や経営状況にも詳しくなった。特に社内の人間関係が広がり、広報マンとして社外にアピールする時の視野も広くなった。こちらから催促しなくても、いろいろな部署から情報が寄せられるようになり、自分が担当になってからは報道機関に発信するリリースも格段に増えた。自分は広報に適任。今はそんな思いも抱く。

 もう一つ、秘めた野望がある。「メーカーに就職したからには一度は製造部門にも携わってみたい」。

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