2016年8月31日水曜日

【駆け出しのころ】清水建設専務執行役員営業担当・山地徹氏

 ◇異動で得た貴重な経験生きる◇

 入社から6年間、原子力発電施設の構造設計業務に従事した後、自ら志望して建築現場の担当になりました。もともと清水建設に入社したのは、建築現場で働きたいと考えたからです。ようやく希望がかなったのですが、それまで現場経験はなく、何とか挽回するために努力しなければと思っていました。

 最初の現場は東京都内の工場建築です。上司からは、仕事に対して妥協せず、真摯(しんし)に取り組むことの大切さを教えてもらいました。職人さんとは腹を割って話すよう心掛け、私のために自分が勉強した本を持ってきてくれた人もいました。大変勉強になった現場でしたが、所属していたラグビー部の練習や試合になかなか参加できなくなっていたのが気掛かりでした。

 初めての現場勤務に続き、大きな転機となったのは、購買部への異動でした。現場を担当して6年後のことです。会社が事務系しかいなかった購買部に現業系の社員を配属させるに当たり、候補者の一人として声が掛かりました。私は竣工を3カ月後に控えていた現場の次席であったため、「絶対に行けません」と訴えました。すると、それが逆に自分の意見をしっかり主張できると評価され、現場からの異動が決まったのです。

 そうして購買部に約1年いた後、建築本部の企画部、さらにその後に統合生産推進部に配属されました。ここでは現在の建築生産システム改革につながる統合生産システムの推進業務に携わります。社内の人脈形成もでき、大変に貴重な経験となりました。

 そんな内勤生活も4年がたち、再び建築現場を担当することになります。やはりものづくりは面白く、早く現場に戻してほしいと言い続けていました。建築生産のあり方を考え直し、ITの活用などを検討した経験は、その後の現場運営に生きました。

 かつて上司から何度も言われたのが「鳥の目で見ろ」です。上から俯瞰(ふかん)して見ることで気付くことがある、という教えです。営業所長や支店長などを務めた時も、この言葉を教訓としてきました。

 九州支店や東京支店などで若手と話すと、「現場責任者をやらせてほしい」という人がほとんどで、とても前向きな姿勢を感じたものです。若手はよく頑張っています。自信を持って前向きに、そして一つ上の立場になって物事を考えて仕事に取り組んでいってほしいと思います。

 4月から営業担当になりました。まだ勉強中ですが、皆がもっと楽しく明るくモチベーションを持ってやっていくにはどうしたらよいか。こうしたことも考えていきたいと思っています。

 (やまじ・とおる)1981年早大大学院理工学研究科建設工学専攻修士課程修了、清水建設入社。東京支店工事長、建築事業本部生産企画部長、執行役員建築事業本部東京支店副支店長、常務執行役員九州支店長などを経て、16年から現職。東京都出身、60歳。

現場に出て3年目、着工間もない現場事務所で

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